前回の失敗を糧にした再挑戦
Syntheticを創業したIan Crosbyという人物は、AI業界ではやや複雑な経歴を持っています。彼がかつて立ち上げた会計スタートアップ「Bench Accounting」は、2024年に突然倒産し、その後別の企業に買収されました。しかも倒産の直前、2億5000万ドルという大きな買収提案をBrexから受けながら、Crosbyは断っていたことが後に明らかになっています。その判断が響いたのか、彼自身は2021年に取締役会によって解雇されるという経緯もありました。
それだけ聞くと「なぜ投資家が再び資金を出すのか」と感じるかもしれません。しかし投資家の一人であるChuは「彼は大きな挑戦をして、いくつかの間違いを犯した。それはうまくいかなかった」と認めながらも、Crosbyへの投資を決断したと話しています。シリコンバレーでは失敗の経験を「学習」と捉える文化が根強く、Khosla Venturesのような著名VCがそのスタンスをとることは珍しくありません。
Benchの倒産後、CrosbyはShopifyに加わり、その後Tealという別の会計系スタートアップを設立。TealはわずかMercuryに買収されています。短期間に複数の会計スタートアップを経験してきた彼が、今回描くビジョンはこれまでより野心的です。
Syntheticが目指す「完全自動化AI会計士」とは
Syntheticのコアコンセプトは、人間の直接的な関与なしに発生主義の財務諸表を生成できるAI会計士を作るというものです。「発生主義」とは、現金の動きではなく、取引が発生した時点で収益や費用を記録する会計方式で、一般的に企業規模が大きくなるほど採用されます。この処理は手作業でやると非常に複雑で時間がかかるため、プロの会計士や経理担当者に依存しているケースが多いです。
SyntheticはそのプロセスをまるごとAIに任せることを目指しています。具体的には、財務データを読み込んで仕訳を判断し、貸借対照表や損益計算書を自動生成するようなシステムを想定していると見られます。もしこれが実現すれば、会計士に依頼していた作業を大幅に削減できる可能性があります。
ただし、Crsoby自身も「自分のビジョンがまだ技術的に実現可能でない可能性がある」と認めています。製品はまだ設計段階にあり、実際に使えるプロダクトが存在するわけではありません。今回の1000万ドルは、そのビジョンを検証していくための研究開発資金という性格が強いといえます。
資金調達の背景と投資家の顔ぶれ
今回のシードラウンドはKhosla Venturesが主導し、Basis Set VenturesとShopify CEOのTobias Lütkeも参加しています。LütkeはCrosbyがShopifyに在籍していた縁もあり、個人として出資しているとみられます。Khosla VenturesはOpenAIの初期投資家としても知られる著名なVCで、AIスタートアップへの積極的な投資姿勢で有名です。
Crosbyは「数年分のキャッシュを調達しているので、ただ待つことができる」とコメントしており、焦らずプロダクト開発に取り組む姿勢を示しています。会計AIの分野は技術的な難易度が高く、短期間で成果を出すのが難しいジャンルでもあるため、長期的な視点での開発が求められます。
既存の会計ソフトとの違い
現在も会計ソフトはさまざま存在しています。FreeeやMoneyForwardのような国内サービス、海外ではQuickBooksやXeroなどが広く使われています。これらは入力補助や自動仕訳のサポートをしてくれますが、基本的には「人間が確認・承認する」ことを前提とした設計です。
Syntheticが目指すのはその一歩先で、人間のチェックなしにAIが完結して財務処理を行うという点が異なります。これが実現するかどうかはまだわかりませんが、方向性としては業界全体が向かいつつあるトレンドと一致しています。
フリーランスへの影響
現時点では、Syntheticのプロダクトはまだ存在しないため、フリーランスや個人事業主がすぐに使えるツールではありません。ただ、このニュースが示すのは「会計や経理の自動化に大きな資金と注目が集まっている」という業界の動きです。
フリーランスにとって記帳や確定申告は毎年の悩みのひとつです。今すぐ役に立つツールではありませんが、今後2〜3年でAIを使った会計自動化サービスが増えてくることは十分考えられます。Syntheticが先行事例となって、既存の会計ソフトがAI機能を強化する動きを加速させる可能性もあります。
一方で、会計士や経理の専門家として仕事をしているフリーランスの方にとっては、将来的に自分の業務領域がどう変わるかを考えるきっかけになるニュースかもしれません。完全自動化が実現するまでにはまだ時間がかかるとしても、「AIに任せられる部分」は確実に増えていく方向です。自分が提供できる価値を見直すタイミングとして意識しておくのも悪くないでしょう。
まとめ
Syntheticは面白いコンセプトを持つスタートアップですが、現時点では設計段階であり、実用化の時期は未定です。今すぐ何かアクションをとる必要はなく、「会計AIの動向を注視しておく」くらいの距離感でよいと思います。今後プロダクトが公開された際にあらためて試してみるのがよさそうです。

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